昨日話した茅の輪くぐりのやり方や、由来など、抜粋しているのでみてにゃん

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茅の輪のくぐり方
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以下説明の抜粋ですにゃん
茅の輪とは?

元々は、茅(ちがや)を束ねて大きな輪としたもの。

正月から六月までの半年間の罪穢(つみけがれ)を祓う夏越しの大祓(おおはらえ)に使用され、それをくぐることにより、疫病や罪穢が祓われるといわれています。

今では、多くの神社では「芦」を使っているようです。

6月は、どこの神社も芦が手に入りますが、12月は芦が手に入らないことから早刈りの稲藁を使うところが多いようです。

これにより夏の大祓では茶色の輪、年越しの祓では青みのある輪がみられるかもしれません。

時期的には、6月末から7月中。そして年末に行われるのが通例です。

6月の大祓のことを、夏越の祓(なごしのはらえ)と呼んだり、

12月の大祓のことを、年越の祓(としこしのはらえ)と呼んで親しまれています。

通常、「茅の輪くぐり」は、夏越の祓(なごしのはらえ)に行われる行事です。

茅の輪くぐりの由来

どうして大祓の時に茅の輪をくぐるのかというと、その由来は、奈良時代に編集された備後の国風土記(びんごのくにふどき)によると、次のようなことだそうです。

日本神話の中で、ヤマタノオロチを倒した素盞鳴尊(すさのおのみこと)が、南海の神の娘と結婚するために、南海で旅をしている途中、蘇民将来(そみんしょうらい)、巨旦将来 (こたんしょうらい)という兄弟のところで宿を求めたところ、弟の巨旦将来は裕福であったにもかかわらず宿泊を拒んだのに対し、兄の蘇民将来は貧しいながらも喜んで厚くもてなしました。

その数年後、再び蘇民将来のもとを訪ねた素盞鳴尊は「もし悪い病気が流行ることがあった時には、茅で輪を作り腰につければ病気にかからない」と教えられました。

そして疫病が流行したときに巨旦将来の家族は病に倒れましたが、蘇民将来とその家族は茅の輪で助かったというのです。

この言い伝えから「蘇民将来」と書いた紙を門にはっておくと災いを免れるという信仰が生まれました。

茅の輪も当初は伝説のとおり小さなものを腰に付けるというものでしたが、しだいに大きくなって江戸時代初期になり、大きな茅の輪をくぐって罪や災いと取り除くという神事になった。というのが由来です。

茅の輪くぐりの意味

茅の輪くぐりは、正月から半年間のケガレを祓い、残り半年の無病息災を祈願するという意味があります。

茅の輪をくぐることで禊(みそぎ)をして邪悪な穢れ(けがれ)を祓い(はらい)、災難を予防する為のものです。

基本的に6月30日に行われ、夏越の祓(なごしのはらえ)と言われています。

特にこの梅雨の時期から夏にかけては、天然痘などの疫病がはやることが多かったようです。

そういった疫病除けに茅の輪が有効と考えられていたようです。

また、大祓では茅の輪をくぐるだけではなく、ひとがたに切った白紙などの人形の身体に息を吹きかけ、身代わりとして水に流す。という儀式も行われます。

これは茅の輪と同様に知らず知らずのうちに犯した罪や、積り積もった心身の穢れを取り除くことができるといわれています。

心と身体をきれいすれば幸せが招きやすくなり、さらに多くの幸福が訪れるという大祓。

ぜひとも参加したくなる行事だと思いませんか。

茅の輪くぐりの作法やくぐり方

先ず、茅の輪の前に立って軽く礼をします。左足からまたいで輪をくぐり、左回りに回って元の位置に戻ります。
茅の輪の前で軽く礼をします。右足からまたいで輪をくぐり、右回りに回って元の位置に戻ります。
茅の輪の前で軽く礼をします。左足からまたいで輪をくぐり、左回りに回って元の位置に戻ります。
茅の輪の前で軽く礼をします。左足からまたいで輪をくぐり、ご神前まで進みます。二拝二拍手一拝の作法でお詣りします。
※また茅の輪をくぐっているときに神拝詞(となえことば)を言いながらくぐります。

「はらへたまへ きよめたまへ まもりたまへ さきはえたまへ」
(祓い給へ 清め給へ 守り給へ 幸え給へ)

※地域や各神社で、茅の輪くぐりの時の「神拝詞(となえことば)」は、違いますので、各神社でお尋ねください。